第15号(P.8)書評『祖国が棄てた人びと』
金孝淳著・石坂浩一監訳
『祖国が棄てた人びと』
在日韓国人留学生スパイ事件の記録
合同・一般労働組合全国協議会事務局長 小泉義秀
11月22日、立教大学池袋キャンパスで『祖国が棄てた人びと』(金孝淳〔キムヒョスン〕著、石坂浩一監訳/明石書店)の出版記念講演会「在日韓国人政治犯を記憶するために」が開催され、私は元死刑囚・姜宇奎(カンウギュ)さんを救う会の事務局メンバーと共に参加した。
私自身、「姜宇奎さんを救う会」の事務局として1978年から救援会の運動にかかわり、2014年12月に再審無罪を勝ち取るまで家族と共に闘いぬいてきた。
翻訳を監修し、出版記念会の主催者である石坂浩一さん(立教大学平和・コミュニティ研究機構代表)さんは陳斗鉉(チンドゥヒョン)さんの会の救援会を担っていた人でもある。出版記念会のメイン講演は著者の金孝淳さん自身だ。再審裁判にかかわった弁護士も韓国から駆け付け、大盛況だった。
著者はハンギョレ新聞の創刊に関わり、その主筆をしていた。92~95年には東京特派員を務めた人であり、講演は日本語で行われた。
本書は15年に韓国で出版され、跋文を李錫兌(イソクテ)弁護士が書いている。彼はセウォル号惨事特別調査委員会の委員長だった著名な弁護士で、姜宇奎さんの再審弁護団長でもあった。
本書は全12章400㌻に及ぶ大書であり、100名を超えると言われる在日韓国人政治犯の中の留学生スパイ事件に焦点を当てて書かれている。スパイ事件全体を平均的、抽象的に描くのではなく、特定の個人の事件、人生を深く掘り下げることを通して、全体像が浮かび上がる手法を取っている。
例えば第2章「思想まで罪に問われた在日青年」は、金元重(キムウォンジュン)さんのことが中心だ。金元重先生は第2回公判で検事の質問に対して、「経済学徒としてマルクスとレーニンを尊敬する」と答えた。反共が国是であり、スパイ容疑で死刑宣告を受けるかもしれない裁判で、彼は一石を投じたのだ。金元重さんは、本書の出版にもとても大きな役割を果たされている。
本書を読んで痛感することは、スパイ事件のでっち上げには日本の公安調査庁が深く関わっているということだ。佐野一郎という元公安調査庁職員が韓国の保安司令部の在日協力網において中心的な役割を果たした。佐野は陳述書を提出し、韓国の法廷で証言をしてスパイ捏造事件に加担していることが本書で暴露されている。
死刑囚だった康宗憲(カンジョンホン)さんや李哲(イチョル)さんが死刑執行の恐怖を経験したくだりは想像を絶する。
「1980年12月末、死刑が確定した一般囚2名が処刑された。……朝の点呼が終わりのんびりしていると、見たことのない刑務官が監房の扉を開けた。彼は康宗憲の囚人番号を呼び教務課の呼び出しだから出てこいという」(258㌻)。康宗憲さんは死刑執行の時がきたと思ったそうだ。実際は反共講演会に連れ出されたのだが。死刑確定者は毎日が処刑の恐怖との闘いであることがわかる。
重い一冊であるが、400㌻を一気に読んで40年が駆けぬけるのを感じた。 (明石書店 3600円+税 )
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