第17号(P.6~7)フランス 拡大する黄色いベスト運動 マクロン打倒へ毎週の行動続く

 昨年11月17日、約30万人の参加で、マクロン政権打倒を叫んで開始されたジレジョーヌ(黄色いベスト)運動は、毎週土曜にパリをはじめとする全国的デモ・集会・抗議行動として続けられてきた。今年に入ってすでに3回、1月19日には第10次行動が、ますます高まる怒りと規模の拡大をもって、フランス全土でかちとられた。

 マクロン政権は、昨年以来の緊縮政策の一環として燃料税引き上げを打ち出した。これがきっかけとなって、年金・社会保障・教育など、労働者階級人民の生活のすべての部門にわたる新自由主義的攻撃に抗議が向けられ、闘いは拡大していった。

 パリでの激しいデモに発展したが、抗議行動は地方諸都市での交通の要所=ロータリーや高速道路の料金所の占拠という新しい形を生み出し、運動全体を牽引していった。「黄色いベスト」を目印に不満をもつ住民が続々と結集し、闘争の場が討論の場となり、既成の運動から独立した運動としてフランス全土を揺るがすにいたっている。

 あわてたマクロンは昨年12月10日にテレビ演説を行っていくつかの譲歩策を示したが、「貧困は生き方の問題だ」などという暴言を吐き、ジレジョーヌ運動に結集した巨万の人々をかえって怒らせることになった。

 この一方で警察権力は、これまでの規模を超える大衆動員に動転して、警察官に催涙ガスや手榴弾などの使用を命じ、デモと集会のたびに膨大な数の負傷者・逮捕者を生み出した。

 以下、フランス人ジャーナリスト(P・ブルースさん)が、編集部に寄せてくれた報告の抜粋を紹介する。

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「かつてない反乱であるジレジョーヌ運動で、フランスの歴史において初めて、数多くの地方の人々がパリのシャンゼリゼやフォッシュ街のような繁華な場所でのデモ・集会に参加した。これまでは、パリで行われるデモはすべて共和国広場とバスティーユ広場という伝統的な場所で行われるのが慣例だった。ジレジョーヌ運動には指導者がおらず、スポークスマンと参加者がいるだけである。そのために政府は、指導者に働きかけて腐敗させ、運動を鎮圧することが難しい。ジレジョーヌ運動は、マクロンとの妥協を望まず、彼の退陣を求めている。

 歴史家エリック・ハザンは、黄色いベスト運動と1848年6月にフランスで起こった出来事を比較している。6月革命は、解雇された道路清掃労働者が指導者もいない中である晩集会を開き、街頭にバリケードを張ることを決定して実行し、開始されたのだった。弾圧は残虐をきわめ、1万5千人が路上で殺され、4千人が裁判もなしに銃殺され、アルジェリア(当時フランス植民地であり、流刑の地であった)に送られた反乱者の数は4千人に及んだという。エンゲルスは、この1848年6月は、ヨーロッパにおける労働者反乱の開始を告げた、と書いている」

「黄色いベスト運動が始まって以来、殺された人の数は10人、警官隊の手榴弾に直撃された80歳の女性が死亡。けが人は2000人、多くの人々が手足に重症を負ったり、視力を奪われている。ゴム製の手榴弾が、目を狙った位置で投げられた結果である。これは警察の内規で通常は禁止されている行為である」

 「第6次行動(昨年12月22日)で、無届けデモがパリのモンマルトルから出発し、夕方遅くシャンゼリゼに何事もなく到着したところ、バイクに乗った少人数の警官によって、いきなり手榴弾と催涙ガスの攻撃を受けた。怒ったデモの大部隊に取り囲まれた警官の1人は殺人兵器(拳銃)を抜いた。また同じ日、ジレジョーヌ運動の重要なスポークスマンであるトラック運転手が、車の中に木材を持っていたという理由で逮捕された。検事とマスメディアの大多数は、この木材は棍棒だと言い立てた。起訴の容疑は、彼が禁止された集会への参加を呼びかけたということになっている」

 「ジレジョーヌ運動は、弾圧でとどめをさされるような運動ではない。しかし、政府は警官隊を殺人兵器である閃光弾や手榴弾で武装させ、デモ参加者に不治の傷を与え、無差別逮捕と予防拘禁を強行している。これは、権力がフランス刑法に反テロ条項を加えて警察に全権を与え、その適用範囲を政府の政治的敵対者にまで拡大してきたことの結果である。議会制民主主義は、こうして、表現の自由を発揮するもっとも基本的な場であるという存在意義を、自ら放棄しているのだ」

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 ジレジョーヌ運動は、マクロンが2016年に政権につくと同時に開始された労働法制改革、とりわけ国鉄労働運動破壊、教育制度改悪などの攻撃に対して、フランス労働者階級が2年あまりにわたってストライキ・デモ・集会などで闘ってきた経験の中から生まれてきたものだ。

 この闘いは、現場労働者の不屈のストライキの継続にもかかわらず、CGT(フランス労働総同盟=スターリン主義系指導部)に代表される体制内的労働運動の壁を打破することができず、勝利をかちとれなかった。ここから、ジレジョーヌ運動の内部には、既成の労働運動とその指導部への不信が強く、直接民主主義を要求している。「指導者がいない運動」というのは、こうした現実の反映である。

 こうした現状を打破しようと、連帯労組(SUD=連帯・団結・民主主義)などの戦闘的労組は、ジレジョーヌ運動に組合として積極的に参加しようとしている。階級的労働運動と国際連帯がかぎである。

(動労千葉国際連帯委員会・Y.S)

写真は上から、

①ボルドーでのデモ(12月29日)

②地方都市ベルシーでの市民集会(1月12日)

③「増税反対! マクロン出ていけ!」

④警官隊の暴力でけがをしたデモ参加者の写真を示す人々(1月19日)