第5号(P.2~4)韓国・公務員労組の歴史と闘い
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韓国・公務員労組の歴史と闘い
公務員労組ソンパ支部との交流
労組交流センター自治体労働者部会事務局・渡辺信夫
11月11日、動労千葉訪韓団の一員として、自治体労働者の仲間は、公務員労組ソウル本部ソンパ区支部のソウォンソン支部長の招きで、支部の皆さんと実り多い交流・昼食会をもつことができました。
会合は、庁舎内での交流集会と料理店での昼食会の2本立てで行われました。ソウォンソン支部長は「動労千葉の闘いに感動し、新しい気持ちでやれる気を持てた。ソンパ支部の闘いが日本で労働運動を進めるにあたっての参考になればうれしい」と主旨を語ってくれました。支部員の多くは11月日比谷集会の参加者で、13年間解雇撤回を闘う被処分者も参加されました。交流集会はインター斉唱をはじめ一個の連帯集会として準備されていました。現場労働者の国際連帯の前進にかけた思いと厚いもてなしに感銘を受けました。
ソンパ支部は職員の95%、1400人の団結を固め、区庁舎にりっぱな組合室を確保し、ムンジェイン政権下で非正規職300人の正規職化を闘い取っています。昼食会で支部長は、労組の非合法化で退去させられたが、庁舎前にテントを張り、そこからここまで闘ってきたと誇らしげに語ってくれました。被解雇者を抱えている限り「法外労組」とする攻撃に対し闘い続ける姿は、1047名闘争を闘う動労千葉の闘いに比肩するものです。12日、ソンパ支部は私たちのすぐ後ろに隊列を組み一緒にデモをすることができました。
公務員労働組合の発足と闘いの歴史
1997年の「アジア通貨危機」以前の韓国では、公務員は「雇用の安定」の代名詞だった。しかし97年以降、民間だけでなく公務員も安定的雇用を保障されなくなった。金大中(キムデジュン)は大統領に当選するやいなや、国家機関の民営化、公務員の縮小、公務員報酬削減、公務員年金改悪などの政策を推進した。
これらの新自由主義の構造調整に伴う不安感は、公務員労働者を団結させるのに一役買った。また、公務員労働者の中には、長い間の権威的で閉鎖的な公職文化や、市民として享受すべき諸権利(政治的自由、労働3権など)への抑圧に対する反発もあった。
99年、「公務員職場協議会法」が施行された。「公務員職場協議会」は労働組合ではなく、勤労基準法上で規定された労使協議会と同様の機構で、労働3権は認められておらず、全国単位の連合体も設立することができない機構であった。しかし公務員労働者は、公務員職場協議会法が通過すると全国で各機関ごとに公務員職場協議会を設立し、さまざまな不満を表に出し始めた。
しかし、民間企業では団体協約で規定される労働条件が、公務員は法で定められている場合が多かった。例えば、公務員の賃金と手当は大統領令である公務員報酬規定によって決定される。
したがって、個別自治体や政府省庁などの機関別職場協議会では、これに効果的に対応することは困難であると気づき、全国機構である「全国公務員職場協議会総連合」を結成した。これは労働組合ではなかったが、公務員が全国単位で団結することを恐れた政府が連合体の結成を禁止したために、結成は明らかな「不法行為」であった。
01年6月に公務員たちは、「公務員も労働者だ! 労働基本権を保障しろ!」というスローガンを叫んでデモ行進をした。その当時はまだ多くの人が「公務員のくせに何が労働組合だ」という考えをもっていた。当時、学生運動をしていた学生さえも「公務員も労働組合を作ることができるのだろうか」と疑問をもっていた。「公務員は権力の手下だ」というイメージが依然として残っている時期でもあった。
公務員労働組合が法的に認められていないため激しい弾圧が予想されたが、公務員労働者たちは02年3月23日に「全国公務員労働組合」の創立大会を強行した。これによって参加者268人のうち110人が警察の襲撃を受けて連行され、指導部に事前令状が発行される弾圧の中でも労組死守闘争が継続され、4月27日には地域本部を創立する決意大会を開催し、組織を固めていった。
金大中政府は当時、別の公務員組合を認める法律を私たち公務員労組と議論せずに一方的に推進した。これに対して02年の10月には、行政自治部長官室占拠闘争、地域別決意大会を行った。
争議行為賛否投票の投票率は81%、賛成率89%の圧倒的可決で、11月には2日間の年休闘争(編集者注:スト権のない公務員労働者や教育労働者が、年休をとることで事実上のストライキに入る闘い)に突入した。金大中政府は結局、そのもくろみを中断するほかなかった。
04年、盧武鉉(ノムヒョン)政府は、公務員労組法を特別法として制定しようとした。この法案は団結権と団体協約権を認めていたが、完全なものではなかったし、団体行動権はまったく認められていなかった。
公務員労組はこの年の11月15日、一般法である労働組合法を改正して公務員労組を認めるよう要求するゼネストを決行した。
国を揺るがしたこの闘いでは、77支部4万5千人が現場でのストライキに参加。政府は34人の拘束、444人の解雇、2068人の懲戒というめちゃくちゃな弾圧を行いつつ、12月31日にとうとう政府案を通過させた。これが、「人権弁護士」出身の大統領であるノムヒョンが初めに行ったことだった。
06年1月に特別法が発効となり、政府は同法のもとでの公務員労組の設立申告を行うよう強要し始めた。公務員労組がこれに応じないと見るや、政府は労組事務室閉鎖などあらゆる手段を動員して弾圧し、労組はこれに総決起闘争などで対抗した。251支部のうち120支部と2つの本部事務所が強制閉鎖され、133人が闘争過程で連行され22人が負傷した。
○なぜ法外労組を固守するのか?
07年まで公務員労組が法外労組だったのは、公務員労組を認める法がなかったか、あったとしても公務員に労働3権を部分的にだけ認める特別法形態であったために、これに反発し設立申告をしなかったからだ。
09年、統合全国公務員労働組合の発足によって再び法外労組となった。政府は、公務員労組法上は加入対象ではない解雇者を組合員として認める規約を持っているという理由で、14万の公務員が加入している公務員労組の設立申告を突き返し、現在まで法外労組の地位に留まっている。
組合員資格の当否を判断することは、法律ではなく労組の民主的手続きによって定められた規約に従うのが正しい。また、組合員が公務員労組の指針に従って活動して解職されたならば、当然にも組合で責任をもって組合員の資格を維持し、原職復帰できるように支援するのが当たり前だ。そうでなければ、拘束、解雇などの危険を伴う組合の指針は実行されにくいだろう。政治家と資本家、労組官僚たちの機構であるILOも勧告していることだ。しかし、ろうそく集会を通して登場し、ノムヒョンと同じくやはり人権弁護士出身の大統領ムンジェインは、依然として公務員労組の設立申告に熱意を見せていない。
イミョンバク―パククネ政権、ムンジェイン政権のすべてが、公務員労組に対して「解雇者を認める規定を削除すれば設立申告を受け入れるつもりだ」と主張している。これを受け入れて設立申告を受け、団体交渉を通じて実利を取ろうと主張することもできる。しかしそれは、公務員労組が韓国の韓国労総や日本の連合と同じく資本家に飼いならされた労働組合になる近道となるだろう。
○民主労組が重要な理由
民主労組とは、資本と権力から独立し組合員たちによって民主的に統制された労働組合をいう。公務員の使用者は国家や地方自治体であるため、権力からの独立が重要である。
国家機関が作る法は、その時々の階級勢力関係を反映するものだ。法の枠内で労働組合の活動を制限することは、自らの力をそぐ行為だ。
労働組合に有利な大法院(最高裁)判決や労働法が法的には効力があるとしても、労働組合が強くなければ現場で実現させることはできない。逆に、労働組合の力があれば、大法院判決、労働法、団体協約を飛び越える水準の要求も勝ち取ることができる。ソンパ区支部は、法と政府の指針に抵触する行為であっても、労組専従者の給与支払いを認め、事務室を提供し、実質的な団体交渉を進めている。
また、労組は政府や「セヌリ党」のような保守与党から独立していなければならないだけでなく、第1野党、進歩政党などからも独立した態度を取る必要がある。
○なぜ単一の組織なのか
全国公務員労働組合は、企業別労組ではなく産別労組の性格を帯びる。単一労組の形をとる理由は、一般企業であれば団体協約上で規定されるべき人事、福祉、公務員年金などの労働条件に関する事項は法令で規定されており、個別機関別労組では効果的な対応が難しいからだ。団体行動権はないが、公務員労働組合法などを勝ち取ることができた。
また、個別機関別で団体協約を行うこともできるが、法律で認められた公務員の労働組合さえ、団体行動権はもちろん団結権と団体交渉権も形式的にしか認められない場合が多い。しかし、ソンパ区支部が当該機関の長と交渉して実現し、ソウル全域や全国に拡散させた事例は多い。
○まとめ
公務員労組の設立と闘いの歴史は、どのような弾圧をもってしても労働者が搾取と抑圧から抜け出そうとする思いをくじくことはできないことを示してくれた。多くの人びとが労働組合活動で拘束され解雇されたが、公務員労働組合は粘り強く生き残った。
もちろん、この勝利は公務員労働者だけのものではない。近くは全教組の先輩たちが千人を超えて解職されながら得た権利の上に立つものであり、民主労総に象徴される民主労組運動をしてきた多くの闘士たち、そして日本を含めた全世界の労働運動のおかげでもある。公務員労組は昔も今も抑圧されているが、民主労組の歴史を記憶し、闘争をやめることはないだろう。
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